釣り人の中には、大物を釣る時の予感を感じとる人がいる。早朝、家を出る時に空気の匂いで分る人とか、川面の雰囲気などを見て感じるとか。私にはそういった予感じみたものを感じ取る才能はない。あるのは状況と選択だけだ。
2005年9月 山梨本流
川に着いたのは明るくなり始めた頃で、丁度良い時間だった。水況はといえば、3日程前にまとまった雨が降ったようで、丁度良い程度に水が引いていた。前日には釣友が良い釣りをしたようだ。今日はどうだろうと思いながら河原に立つ。しかし、いざ流してみると本命はどこへ、釣れてくるのはハヤばかり。いろいろ試してみたが、流れ込みでは全く反応がなく、かけ上がり付近でハヤに遊ばれるのを繰り返すだけだった。
この日は他にも探ってみたいポイントあって、踏ん切りをつけるタイミングを計りながら竿を振る。すると、あれだけ散々流したスジで8寸くらいのヤマメが釣れた。なにかが変化したのか、魚が着き場所を変えたのか解らないが、それを機にあれだけ煩かったハヤが反応を止めた。下手をすれば見切りをつけるタイミングになりかねないが、私は好機だと判断したのだ。そして、アタリが無くなったかけ上がり付近を重点的に流す。
1時間ほど流しただろうか、やや吹かせながら流していた糸がもたつく様な仕草を見せたかと思うと、極小さな『コッ・・コッ・・』というアタリ。大物にしかできないアタリだ・・・・満を持して思いっきり合わせる。私が加えた力は倍返しのように自身に返って来て、同時に竿を満月にする。割れんばかりに曲がった竿に魚はローリングをしてさらに負荷を加えていく。この場所は流れ出し以降の下流には着いていくのは難しいポイントだったので、目一杯竿を溜めると竿がバウンドをして暴れだした。強烈である。この瞬間が釣り人の至福の瞬間。
そして魚は自分の威厳を誇示するかのように真上に飛び、水中でまた激しくローリングを繰り返した。しばらくして、ローリングが止み、巻き付いた糸が解けきった頃、魚がおとなしくなっていたので少し手前に煽ってみる。しかし、どうにも重い。まさか糸が絡んだか。予感は的中し、一度浮かせた魚体にはエラか胸鰭付近に糸が巻き付いているのが見てとれた。大物の体は硬い。糸の消耗が心配だ。
ここからは強気なやり取りは消え去り、大きな流れ込みの淵を引きずり回される。しかし、あまり時間を掛けすぎると糸が磨耗しきって切れかねない。そう勝負どころを探っていた頃、魚が手前の巻き返しにゆっくり泳いできた。ここぞとばかりに竿を立てて浮かせる。そして、こちらに向かってくる流れを利用して一気にタモに押し込んだ。
これ以上のやり取りのプロセスはなく、運も味方につけた結果だった。なぜならば、タモに入れた後、糸を掴むとあっさり切れてしまったほど消耗していたからだ。そして、釣れてくれた小パーが薄っすら残る本流ヤマメに見惚れた。