日が傾きつつある山間に鳶が飛んでいる。河原に立って竿を振っている私に何を期待するのか、周りを旋回しながら飛んでいた。さして気に留めずに竿を振っていると小ハヤが釣れる。抜きあげると、空中に舞ったハヤを目掛けて鳶が舞い降り、堅牢な爪で掴み飛び去ろうと羽ばたく。大物狙いの竿はあろうことか空に向かって満月を描いていた。私が力任せに竿を煽ると、揚力を失った鳶はフラフラと河原に舞い降りた。見るとまだ若いようだ。鳶はこちらを伺いながら立ち尽くしている。先ほどの小ハヤは川に流されてしまったようだ。ふと持ち合わせていたイクラを1m程の枝先に付けて差し出してみる。すると、鳶は首を傾げるように暫く見ていたが、意を決したように翼を跳ね上げ近づいて来てイクラを突き始めた。どうやらイクラが気に入ったようだ。おかわりをあげていると、不意に目前の川面を大ヤマメが跳ねた。
2010年初秋
難しい釣りをしていた。遡上止めとなるポイントで、居るかどうかも分からないまま竿を振り続けるのは簡単な事ではない。忍耐力が試される。しかし、それは大して難しい事ではない。本当に難しいのは、居てもなかなか釣れない事で、しかも居るという事を前提に攻略しなければならず、その為に集中力が煮詰まらないような工夫が必要な事だろう。つまりこの日は、半ば諦めながら惰性で竿を振っていても釣れない魚と対峙していたのである。
そういう釣りをする時に一番気を付けるのは、心が折れないようにする事。一度折れてしまうと自分の釣りの引き出しを開けようともせず、惰性の釣りしか出来なくなる。そうなる前に少し休憩などを取りつつ、攻略を整理しながら『釣れるイメージ』をする。そういった工夫がこの日も必要だった。
そういった事もあって、休憩がてらに鳶と戯れていた訳だが、白泡の中から跳んだヤマメは私を奮い立たせるのには十分だったし、釣るという事の難易度を少し下げてくれた。もしかしたら、見かねた鳶の仕業かもしれない。ともあれ、跳ね方を見て魚がどのくらいのコンディションで、どこに着いているのかおおよそ推測できた。問題はどう流すかって事だろうか。
さて、ガンガンの駆け上がりに着いているものと推測して流すのだが、小さなオモリでは底を取れずに流れてしまう。そこで大オモリを使う訳だが、先程まで散々流した筋でもある。これまで明確なアタリは皆無だった様に思う。だとすると、気付いていないか、底をしっかりトレース出来ていないか、はたまた変則的要因によるものか。そこで、先程までのオモリから、徐々にオモリを足して底を探っていく。すると、仕掛けが底を叩き始める。そこで幾つかの点に気付く。それは駆け上がりの中にも受けとなる様な箇所があり、ざっくりと階段状に成っていること。そして、時折小さなスポットで一瞬吸い込み波のようなものがある。ただ、一番厄介なのが、仕掛けのコントロールに気を配ってもオモリが底石を叩く頻度は軽減できず、ほぼアタリを判別できない事だろうか。
ここからはかなりの集中力を持って釣りをすることになるわけだが。アタリを判別し難い事を前提に、水中糸の『水切り音』を区別し易いように立ち位置を少し修正する。そして石を叩く感触の中で出るであろうアタリをリズムの違いで合わせていく。すると、「カ・・カッ・カ」と底石を擦る音の次に、水切り音が一瞬「ズー・・」から「ヌゥ~」という感触に変わったと感じたところで「カ・・カッカカッカ」とリズムが変わった。そう感じるが早いか既に合わせていた。
水面にあった目印が上下に暴れる。竿を上流に寝かせ、手前に矯めて耐えていると、突然対岸に向かって走る。矯めた状態のまま竿を立てて応じるが、スピードが素晴らしく気づけば流心を潜り、向こう側で豪快に跳んだ。かなり不利な形勢になってしまったので、急いで下流側に回り、竿を手前に寝かせて一度流心に乗せるように誘導する。ここの魚の食い込みはかなり浅いので、身切れバラシだけは避けたく、丁寧なやり取りを心掛けた。すると、ゆっくりと魚は芯に入って上流に向かい何度か突っ込む。それを下から上竿で往なし、徐々に開きに誘導した。そうして、白銀の魚体が見えて来た頃には体力を使い果たしたかの様にタモに大人しく入って頂いた。
鰭のよく張ったスレンダーな体躯の一尾。
薄っすらとブナが出始めている。